グラベルバイクで行く、旧東海道探訪ライド!

2022.05.04
ツーリングレポート

旧東海道探訪ライドは物語に溢れていて、かつてない楽しさを味わえました!

 

 

八重洲出版社さんから発売されている「旧街道じてんしゃ旅」旧東海道編 
 

ふらっと立ち寄った本屋さんで購入したこの一冊から大きな目標を抱くようになりました!
東京日本橋から京都の三条大橋まで旧東海道を辿る約150kmの旅を走破する。

本を読んでどんどん夢が膨らんで居ても立っても居られなくなってきました!

 全行程を連泊で走り切ることは仕事もあるので無理にしても、定休日を利用して少しずつ小分けして走れば!

ということで、手始めに自宅から近い鳴海宿へと向かいました。
そうそう!今回は出かける前に下調べをしていったので、なかなか中身の濃い充実したライドとなりました!

 

知らなかった!名古屋市緑区鳴海の由来

 

 

 鳴海の名前の由来は、江戸時代頃まではこの鳴海宿近くまで海の波が打ち寄せていて、その昔日本武尊がこの地を通ったときに作ったという歌では「鳴海浦を見やれば遠し火高智に この夕潮に渡れへむかも」と「鳴海浦」と詠まれ、この地が海辺であったことがわかります。

 

昔はこの街道を歩いていると、海の鳴る音が聞こえてきた!これが鳴海の名の由来だそうです。

 

グラベルバイクとの出会いは新型コロナがきっかけ!?


旧東海道を走破する!そう思ったのは、グラベルライドの楽しさを広げたいというのも一つ理由のように思います。
グラベルバイクはロードバイクと違って太めのタイヤを履いているため、乗り心地が抜群!路面からの振動吸収にも優れ走っていてとても快適なのです。

その快適さが楽しさにつながり、速度域もロードバイクよりもゆっくりのため、野山を走っていても季節の移り変わりを感じられ、景色の変化を味わう余裕があるのです。

 

グラベルバイクに乗り始めたのは新型コロナ禍が始まった2019年12月でした。この頃は不要不急の外出規制もあってバイクウェアで出かけるのも躊躇して普段着っぽい服装でひたすら地元のグラベルロードを探索してました。
 

 あの頃はコロナでお客様とのグループライドも出来ない。飲食店に立ち寄るのもはばかられランチライドも出来ない。

若い頃はロードバイクで鈴鹿ロードレースをはじめとする、いろいろなレースにも参戦してましたが、50歳を過ぎて最近は早く走ることよりも走ることを楽しむ嗜好に変わってきたところにグラベルバイクと出会い、どっぷりはまっていったわけです。
今回はTREKのグラベルバイクCHECKPOINT ALR5で楽しかった軌跡をブログにしてみたいと思います。

 

 

 

「桶狭間古戦場跡」

永禄3年(1560年)5月19日天下統一を目指して京都へ向かう今川義元軍二万五千を、織田信長がたった二千人の軍を率いて打ち破った合戦場の跡です。10倍以上の軍勢を打ち破った織田信長はこの勝利をきっかけに戦国大名として名を馳せていったそうです。凄い!

 

池鯉鮒と書いて知立!??

 

 

知立「馬市の跡」

江戸期以前は知立、智立と呼ばれていましたが、町の入り口に御手洗池と呼ばれる大きな池があり鯉や鮒がたくさんいたことから「池鯉鮒(ちりゅう)」と呼ばれていたそうです。明治以降は元の知立の呼び名に戻り、今に至るそうです。

 

この地区は木綿市や木綿を運ぶための「馬市(うまいち)」が開かれ大いに賑わっていたそうです。知立の松並木にも馬市の出品される馬がたくさん繋がれていたそうですよ。

 

 

「知立松並木」

かつては「並木八丁」と呼ばれ、かつては約1kmにわたる松並木が続いていましたが、今でもその名残りが感じられる場所です。伊勢湾台風の際にかなりの松が被害を受け減ってしまいましたが、旧東海道を辿って走ってみると、昔のように続く松並木は減ったとはいえ、ここからの岡崎までの道中では古い旧街道を感じる雰囲気をそこかしこで感じられました。

 

岡崎に行ったら立ち寄りたいグルメスポット!八丁味噌の郷

 

 

岡崎「八丁味噌の郷」

八丁味噌の由来は、岡崎城から西へ8丁(約870m)離れた八丁村で作られていたことからきているそうです。

八丁味噌の製造工程はこちらの八丁味噌の郷で見学が出来るそうで、味噌作りの工程が30分ほどのツアーガイドで見学が出来ます。味噌汁の試食あり八丁味噌のソフトクリームや味噌煮込みうどんの販売もあるそうです。
今回は営業開始時間前で味わえなかったですが、いつかまた訪れてみたいと思います!

 

 

「岡崎城下二十七曲り」

岡崎城を築いたのは徳川家康公の祖父、松平清康公。この二十七曲りは城下防衛のため外敵と城までの距離を長くし、守る側は間道を利用して防衛出来るよう東海道を曲がり角の多い道にしたそうです。

 

 案内板は二十七曲がりの碑、冠木門から始まってイロハニホの「イ」から始まり「レ」まであります。皆さんもゲーム感覚で辿ってみてはいかがでしょうか!

 

岡崎が大岡越前守と関係があるとは!

 

 

「西大平藩陣屋跡」

皆さんもご存知!大岡越前守由縁の陣屋跡です。なんと岡崎にいらしたなんて全然知りませんでした。

 

大岡越前守は名君・徳川吉宗の側近として、40歳という異例の若さで南町奉行に就任。

そして8代将軍・徳川吉宗の治世、最大の出来事「享保の改革」では、徳川吉宗を支えたナンバー2として多大な功績を残された方なんです。

 

町火消しの組織を創設したり、さつまいもの栽培を普及したり、他にも貧しい人や身寄りのない人たちのために無料で治療する医療施設「小石川養生所」(こいしかわようじょうしょ)を設置など!
その後、徳川吉宗から一万石を拝領しこの岡崎の地、三河国西大平の正式な大名になられたのです。

時代劇では知っていましたが、そんな偉い方と岡崎に縁があるとは全く知りませんでした。

 

 

 

 

 山中八幡宮に向かう途中で立ち寄った「藤川宿本陣跡」

 

 

若き徳川家康公が命拾いした場所!

 

早朝6時に出発してたどり着いた「山中八幡宮」 長い石段を登って行った先には、、、

 

 

徳川家康の命を救った「鳩ケ窟」

 

 

社殿の左手にあるこの小さな岩穴は徳川家康が三河一向一揆で信徒に追われた際に身を潜めた洞穴で、追手が岩穴の中を探そうとすると鳩が二羽飛び立ったため、「鳩がいるならここにはいないだろう」と引き揚げ命拾いをしたそうです。

実際に訪れてみると、洞穴は子供一人がやっと入れるほど小さな入り口で、神域とされているため立ち入ることは出来ません。よくこんな小さな場所を見つけられたと思いました。 

その後徳川家康は、この時のこと恩を忘れずに手厚く山中八幡宮を庇護したそうです。

 

 

新撰組隊長、近藤勇と関係のあるお寺さん!?

 

 

宝蔵寺さんには、新撰組隊長近藤勇が葬られているとのことで訪ねてみました。こちらには徳川家康が幼少の頃に手習いや漢籍を学んでいたため多くの遺品も現存しているそうです。

 

 

近藤勇の首塚は、本殿の左手奥にありました。近藤勇は東京板橋の刑場で斬首、首は京都三条大橋西に晒されましたが同士が三晩目に持出し、近藤勇と親交のあった京都誓願寺に持ち込まれましたがご住職がこの法蔵寺の住職になったため、土方歳三ら新選組の同士達とこの寺に埋めたと言い伝えられています。

 

Ride with GPSでルート計画を立てる!

 

今回のライド計画はRide with GPSを使用しました。まずは走行距離と獲得標高がどれくらいになるのかを把握して、出発時間と到達予定地を決めます。

 

旧東海道を辿るということで、前述の「旧都街道自転車旅」の記事で紹介されていたQRコードを読み込んで表示される地図とgoogleマップを元にルートを作成。ナビ機能のあるbryton rider750にインストールしました。

少し根気のいる作業となりますが、シュミレーションにもなり、ルートの予習にもなるのでおすすめですよ!

 

装備品とウェアの準備を考える!

 

 

1日を通してライドすることを考えると出発時間と日中の気温差が大きいことを考慮したウェア選びが大切となります。

ロングライドの場合は早朝出発となるので、ウィンドブレーカーを用意したほうがいいですし、日中気温が上がりそうなら半袖ジャージとアームカバー。気温があまり上がりそうでなければ長袖ジャージといった具合です。

そうそう!汗対策としてインナーウェアは必須アイテムですよ。

ウェア選びは快適なライドを楽しむ一番のポイントなので慎重に選んだほうがいいと思います。

 

 

今回の装備品は、ライト、リアライト、bryton rider750、スマホホルダー、予備のチューブ、携帯ポンプ、工具、タイヤゲージ、モバイルバッテリー、補給食、サーモスボトル、輪行セット、ワイヤー錠です。財布もお忘れなく!
 

 

ハンドル回りはこんな感じ!

 

 

サドル下に輪行袋セットとテールライトを装着

 

今回のライドを振り返って

 

今回一冊の本がきっかけで始めた「旧東海道探訪ライド」は今後シリーズ化できそうでワクワク感の貯金通帳を手にした感じです。

旧東海道沿いの史跡や立ち寄りどころの下調べから始まり、ルートの作成や装備品のリストアップにバイクの装備見直し等、その一つ一つが充実した趣味の時間になりました。

旧東海道を走破したら次は旧中山道!と既に先走ったことを考えていますが、まずは新型コロナ禍が早く収束することを願わんばかりです。